創立80周年記念行事出席メモ

H15.5.24

「朝陽」編集長(7回生)森田 亨

[H15年(2003年)5月24日(土)開催の同窓会主催祝賀会(パーティ)に出席できなかった同期の友人に送った報告メールから。(写真は事務局提供)]

・同窓会主催祝賀会
西新宿の京王プラザホテル南館5Fエミネンスホールにて開催。当日受付けが予想以上の賑わいで、急遽テーブルを増設するほどの盛況になった。

正午開会。
 前半の定期総会は幹事長司会により、当日限り退任の豊島会長の、母校と本会の伝統と実績をたたえ、今後の一層の発展を祈るとの挨拶に続いて、手際よく役員改選、決算・予算ほか会計事項が報告・審議・承認された。 

 祝賀会の部は19回生太田女史のセミプロ級の司会で進行。まず山之内新会長の、同窓生の社会諸方面における活躍を喜ぶ挨拶で始まった。(写真(1))小栗校長の祝辞は、やや砕けたトーンで温もりの感じられるもので、いまの母校生徒に関わる自慢?話のニュアンスがあった。今週半ば駒沢競技場で開催した運動会で、グラウンドが工事中である都合上が、前夜の豪雨によって水浸しのグラウンドに運動部員がはだしで降りてぞうきんで水を吸い取るという原始的作業をし、これに一般生徒もおかげで1時間遅れながら無事開催できたとの話を披露。また、本日午前の式典でも生徒の私語がまったくなく、彼等は自分達の位置付けを十分判断する力を備えている、と。


写真1

 次いで物故会員をしのぶ黙祷。乾杯の発声は中学10回生であり長年母校の教壇に立たれた木村勇三氏。すでに80歳をかなり越える老・短躯から、腹に響く大音声。詩吟入りの発声で気合を入れられる。他にも高齢ながらお元気でご出席の恩師は、石川、中野、田地、坂本の諸先生ほか多数。
その後約1時間食事と歓談。料理も飲み物もよくはける。相当メートルが上がった頃「業間体操」を挟んでいよいよアトラクションに移る。まず、池辺晋一郎氏のトーク「ぼくと音楽、その原点」。(写真(2))


 午前の式典第II部でも同趣旨記念講演をしたが、「材料はいくらでもあります」とのことで、後輩生徒向けの「式典」向けを意識したややお堅いものだった午前のトーンに比べると、「淫靡な」とか「下世話に申せば」といった修飾語が盛んに挟まる、大人向けの話になっていた。キーワードは「花園神社」、「日活名画座40円」、「御苑の穴アキスト」など。母校がいかに自由な校風であり、その中で免疫力も判断力も自信も培われ、何事にも対応できる下地を得たか、要約すればそんな話になるが、酒のたっぷり入った、久しぶりの対面にはしゃぐ人々を私語に流れさせずに引き付けていたのはなかなかお見事だった。



写真2

 そしてさらに会を盛り上げたのが、19回生根津氏と今年芸大卒業の令嬢によるヴァイオリンとピアノの演奏。(写真(3))N響のヴァイオリニストと成長株のピアニストの生演奏を聞く贅沢。曲目は「華麗なポロネーズ」、「子犬のワルツ」、「道化人形」、「オーバーザレインボー」等。コバルト・グリーンのロングドレスの裾を引いて白いグランドピアノに向かう姿は、むくつけき旧制六中では思いも寄らない?優雅な光景を呈していた。

 そして、再びしばしの歓談ののち、池辺指揮、根津親娘伴奏という豪華版「健児の歌」合唱で気分はクライマックスに達し、最後に大阪から参加の中野副会長の元気な音頭とりで万歳三唱。(写真(4))


写真3
 編集子と同じテーブルの18回の女性2名は「クラブ活動で、卒業したばかりの池辺先輩の指導を受けました。根津さんは1年後輩。だから今日は来たんです。」と誇らしげ、ハンドバッグから「朝陽」を引っ張り出して関連のページを読み返している。池辺氏も歓談中に彼女らを見つけてやってきて話し込んでいたが、同窓会は、クラス会・同期会というヨコ糸とこういうクラブ活動のタテ糸とで網の目ができているのだなと実感させられた。


写真4

15時ピッタリに閉会、解散。なんとも見事な進行であった。心地よい興奮を噛みしめながらホテルを後にした、学校からの紅白饅頭の箱と同窓会からの月餅の箱を手に…。
以上